北京の地図
地下鉄4号線の西苑で降りて、西へ徒歩10分ほどで頤和園の東の門・東宮門に着きます。チケットは頤和園のすべての建物に入れる共通券を買いました。
(共通券 60元)
中に入ると、まず宮廷群があります。最初に仁寿殿があります。皇帝が執務をとったところです。
なお、頤和園のほとんどの建物は第2次アヘン戦争後の1860年に英仏連合軍により破壊されたので、その後に西太后により再建されたものです。その際、莫大な国費を費やしたので、海軍が十分増強できず、1894年の日清戦争の敗北の遠因になったそうです。
清はその後、列強に浸食され弱体化するばかりでした。
17のアーチがあるので、十七孔橋といわれています。
盧溝橋をまねて作られたそうです。
文昌院に行く道の途中に耶律楚材を祀る祠があります。扉は閉まったままでした。
徳和園です。演劇をしたそうです。
西太后が楽しんだのでしょう。
玉瀾堂です。光緒帝は西太后に離反したため、ここに閉じ込められたそうです。
戊戌の変法という出来事です。
湖の北岸は長廊で行き来できるようになっています。
長廊の西端に石でできた船があります。もちろん動きません。
蓬莱島へ向かう宝船を表しています。
頤和園のシンボル、仏香閣です。内部には千手観音が安置されています。
今日の天気は一日中、かすみがかかっていました。
空気はそれほど悪くは感じません。
北京は一応、きれいにしようとする努力はみられます。
市民もマナーは悪くはありません。
蘇州街です。
その後、盧溝橋に行きました。
地下鉄14号線の 大瓦窑駅で降りて、西へ20分ほど歩いて、盧溝橋に行きました。
上の抗日戦争記念公園のバス停が目印です。この右側(北)が記念公園になっています。
さらに、右側(北)に宛平城という城壁に囲まれた町があります。
その中に抗日戦争記念館があります。
宛平城の南側の城壁です。城壁に穴があります。
ということだそうです。
さらに、穴がありました。
ということだそうです。
ということは、この壁の南側に日本軍の駐屯地があったのでしょうか。
そこは先ほどいった、抗日戦争記念公園になっています。
宛平城の西門から城内に入ります。
抗日戦争記念館に行きましたが、戦後70周年の工事中でした。
宛平城の西門の西側には盧溝橋があります。
(入場料20元)
盧溝橋です。
別名マルコ・ポーロ橋です。
東の方を振り返ると、宛平城の西門があります。